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夜明と日暮†
- 夜明の始まりや日暮の終りは太陽の伏角が7°21′40″となる時刻をもって定義しています。
- これは寛政暦での考え方を元にしています。
- それまでは日の出の二刻半前、日の入りの二刻半後のように固定されていました。1日=100刻ですので、二刻半=36分となります。
- しかし、明るさは概ね太陽の高度(伏角)で決まりますから、明るく(暗く)なるまでの時間は場所によっても、季節によっても変化します。
- 緯度:緯度が高くなるほど、時間は長くかかります。

- 季節:春・秋分は直線的な変化をするので時間は短く済みますが、夏至や冬至では曲線を描くように変化するので長くかかります。

- そこで、寛政暦では太陽が基準となる高度(伏角)に達する時刻をもって夜明や日暮を定めることにしました。
- 基準となる高度(伏角)には、春秋分の、京都での、日の出二刻半前または日の入り二刻半後における太陽高度が選ばれました。
- 寛政暦書巻四には7度36分と記載されています。1度=100分ですから、そのまま現代的な表記にすれば7°21′36″となります。
- 7°21′40″という値については、
- 大正6年刊の大谷亮吉編著『伊能忠敬』p.568では改暦所の緯度を35°0.8′としており、これを使うと7°21′40″となります。
- 明確な資料はありませんが、毎日の夜明・日暮を分単位で出すには7度36分では不十分ですから、これかこれに類した修正を加えて7°21′40″を採用したように思われます。「相当す」という説明は、単に名称を変えただけでなく、こうした修正を意味するのかもしれません。
- ちなみに、現代の地図で改暦所の跡地とされる月光稲荷神社を探すと緯度は35°00′35″ほどで、伏角はやはり7°21′41″となります。
関連ページ†
- トピックス
- 参考
- 大谷亮吉編著『伊能忠敬』岩波出版 (1917).
- 渡辺敏夫『近世日本天文学史(下)』恒星社厚生閣 (1987).
Last-modified: 2026-03-15 (日) 10:56:00